英語を、英語が話されている国で学ぶこと

近年では、英語が第一言語ではないアジアや東欧の国で安く語学留学することが流行っているけれども、それでも英語を第一言語としている国で英語を学ぶことの意義についてのお話を。

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以前は、英語を学びに外国に行くというと、その国はアメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ等の英語を第一言語としている国に行くというのが普通でした。

しかし近年では、フィリピンやフィジー島など、英語を第一言語としていないアジアの国に留学するのも流行っています。

距離の近さに加え、費用の安さも大きな魅力です。

アジア圏のみならず、意外なところではハンガリーやポーランド等の東欧(中欧)への英語留学を斡旋している会社もあります。

イギリス、オーストラリアなどの英語を第一言語をしている国は物価が非常に高いので、まだそこまで物価が高騰していない東欧諸国では、やはりコスト面でのメリットが大きいのだと思います。

私は、どういう理由であれ、自分の住み慣れた土地を離れて外国に行き、そこに一定期間住むという体験自体が、自分の中の視野を広げるかけがえのない経験になると思っています。

なので、英語を学ぶための語学留学であっても、学べるものは英語という語学能力だけではなく、むしろそこで得た英語以外の人生経験の方が、人生という大きな尺度で考えた場合には有意義なのだと思っています。

ただそれでも、英語を学びに留学したのに、その第一の目的が果たせなかったら「元も子もない」とはいかないまでも、少し残念な気もします。

そのような意味では、個人的には英語を第一言語としている国に行くことには、コスト以上の価値があると思っています。

個人的な経験ですが、英語という言語によって社会が回っている場所に行き、そこで英語を使って生活している人たちに囲まれていると、「意外にみんな英語を話せてない」、もしくは「みんなが必ずしも正しい英語を話しているわけではない」ということが、自分の身体感覚としてわかってきます。

この直接的な体験を通しての理解こそが重要だと思います。

私の場合はイギリスでしたので、移民の人がたくさんいました。

ある日、レストランに行った時、自分の注文を取りに来たのは、アジアの国のどこかにルーツがあると思われる男性。

彼はもちろん英語で話しかけてきたのですが、彼の話す英語が結構めちゃくちゃ、つまり文法が間違っていることに驚きました。

それと同時に、それでも彼と私のコミュニケーションが取れていること、何よりもそんな英語能力でも彼が働けていることに一番驚きました。

当時の私は語学学校に通っており、自分の英語能力、特にスピーキングが伸びないことにストレスを感じていました。

そんな学生にすぎない私にとっては、英語を使って働いている人たちは、自分よりも「上」にいる人たちだと無意識にも思っていました。

働ける、ということは、もちろん英語が話せることが前提としてあると思っていましたので。

でも実際には、(サンプルは彼一人でしたが)英語能力が、少なくとも文法的な知識が、自分より「下」の人でも、英語を使って働けているということには、当時の私には驚き以上のインパクトがありました。

「そこまで肩ひじを張らなくてもいいんだ」ということに気がつきました。

そして、これ以降は英語を話すのが非常に楽になったし、実際話す能力も上がりました。

レストランでの彼は明らかにネイティブスピーカーではありませんでしたが、後になって、ネイティブスピーカーであっても間違った英語を話していることを知りました。

思い返すと、レストランでのこの小さな体験は、かなり大きな気づきになったのだと思います。

日本人の英語に関して「日本人は間違うことを恐れて話せない」とよく言われますが、当時の私も「完璧な英語を話せないといけない」と考えて、自分自身を縛っていたのだと思います。

でも、そんな固定観念も、たった一つの出来事、レストランでの会話というありふれた出来事一つで壊れました。

「英語を使って生活している人でも、必ずしも完璧な英語を話していない」。

重要な点は、これが誰かの伝聞や、本を聞いて知ったのではなく、自分のリアルな体験として知ったという点だと思います。

そして、英語を第一言語にしている国の方が、こういう場面に出会えるチャンスは圧倒的に高いと思います。

人それぞれ英語が話せるようになるブレイクスルーというのがあると思うので、これはあくまでも私個人のブレイクスルーに過ぎませんが、先日「レバレッジ勉強法」という本を読んでいると、その著者も私と似たような体験をアメリカでして、それ以後は間違いをすることを極端に恐れることなく英語を話せるようになった、と書いていました。

文法的に正しい言葉を話すことや、言葉を選んで美しく話すことも非常に大切ですが、それは語学を学びにきた留学生の大半にとってはいわば二次的なことで、まず何よりも重要なのは「話すこと」そのものだと思います。

そしてそれができるようになるには(もちろん文法的な知識は必須ですが)、ささいな出来事が、意外にも強く背中を押してくれたりします。

そのようなきっかけに出会える可能性という点では、やはり英語を第一言語としている国に勝る場所はないように思います。

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