カウンター・カルチャーショックの体験談 その1

「カルチャーショック」というのは、住み慣れた国(通常は母国)を離れて別の国に行った時、そこでの新しい環境や文化にうまく適応できずに起こるものです。

小さな違いに対しても、ポジティブな意味でもこの言葉は使われますが、今ここでも、より大きな意味の、精神的に大きなショックを伴うもの、どちらかといえばネガティブな意味を含むものとして使います。

自分の場合、初めて海外に移住した時は、拍子抜けなくらいスルッと現地に馴染んだので、カルチャーショックを感じることは特にありませんでした。

一方で「カウンター・カルチャーショック」というのは、外国での滞在期間が長くなって、その国の文化や慣習に馴染んだ後に母国に戻った時起きるもの。

外国のカルチャーに慣れてしまった結果、自分に最も馴染んでいたはずの母国のカルチャーに違和感を感じるようになるのです。

今回はこれが自分に起きた時のお話を。

……

ロンドンではフィルムスクールに通っていました。

卒業後は日本に戻る気は毛頭なく、ロンドンで仕事を見つけるつもりでした。

ただ実際には、仕事を見つけるのは非常に難しい状況。

日本人が外国で仕事を見つけるということ自体にすでに一定の難しさがありますが、自分の場合それが映像業界であったことで、さらに難易度が上がっていました。

日本人が外国で就職するには、まず何よりビザが必要ですが、映像業界の会社はその大半が極小のプロダクション。

ビザの発給というのは、一定規模以上の会社でないと普通は行えないので、この時点でほとんど絶望的です。

さらにイギリスのビザの要件は非常に厳しいので、私の場合ほぼ可能性はゼロに近いものでした。

こう書くと、諦めを胸に絶望的な気分で就職活動をやっていたように見えますが、当時の私は意外に楽観的でした。

人間、あまりに可能性が小さいことに取り掛かっていると、もう楽天主義になることでしか自分を支えることができないと、無意識の部分で知っているのかもしれません。

そういうわけで(予想通り)仕事は見つからず、そしてビザの滞在期限も迫っていましたので、日本への帰国を決めました。

日本帰国後は東京の実家に戻って職探しをして、ロンドンでのあの難しさはなんだったのか驚くくらい簡単に某メディア会社での仕事が決まって働き始め、その後アムステルダムに移住するまでの計9ヶ月間ほど日本にはいました。

しかしこの9ヶ月間は、私には非常に苦しい期間でした。

心の中では、目の前にある日本の現実を、記憶の中のイギリスのものと常に比較していました。

そしていつも軍杯はイギリスに上がっていました。

……

ロンドンから羽田空港に着き、まずは東京モノレールに乗ったのですが、そこでスーツを着てる人(9.9割が男性)の多さに驚きました。

それ以上に驚きだったのは、そしてうんざりさせられたのが、その人たちが非常に疲れていて、死んだような顔をしていたことでした。

ありていに言えば、死んだ魚の目をしていた、というのか。

でもこれはほんの序章で、これと同じ光景をその後の9ヶ月間、いたるところで目にすることになりました。

もう一つ帰国して驚いたのが、日本の静かさ。

渋谷のスクランブル交差点のように、音楽が大音量で流れているところもありますが、そういう例外的な所を除くと、日本は非常に静かだと感じました。

なんというか、異様な静けさ。

なぜ「異様」かと言うと、無数の人が行き交っているにもかかわらず、静かだから。

電車内の静けさなんて驚くべきことで、なぜこんなにも人がいるのに、ここまで静かなのか本当に不思議に思いました。

しかし当時の私は、この「静けさ」を「良いもの」としては感じていませんでした。

イギリスは日本と比べると騒がしかったのですが、その「騒がしさ」にはある種の「活気」と通じるものがあると思っていました。

世界中からきた様々な見た目の人が自由に行き交うロンドンの、ある種カオス感のある無秩序な雰囲気は、私には「エネルギーに満ち溢れている」と感じられていたのです。

そのような私の目には、日本のこの「静けさ」は、「活気のなさ」、「無気力」、「暗い」、「希望がない」といった非常にネガティブなものとして映っていました。

そしてこういう見方は、自ずと、こういう「静けさ」を構成している者たち、つまりそこにいる日本人に対して向かって行きました。

「日本人ってなんでここまで精神的に死んでいるんだろう?」という見方です。

人それぞれ内面で思っていること、感じていることは千差万別ですので、どこまでいってもこういう見方は、そういう個人個人の多様な内面を捨象した表層的で皮相な、一面的な見方でしかありませんが、当時の私にはそこまで考える心の余裕はなく、ただただこういうDepressingな雰囲気に呑まれていました。

また日本の対人関係においては、演技だらけのばかしあい、非人間的という風なことを感じていました。

今もよく覚えているのが、近所のスターバックスに行った時のことです。

続きはこちら:

カウンター・カルチャーショックのお話の続きです。 以前の話はこちら: さて2.5年ほどいたイギリスから日本に帰国して、ある日スタ...

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