カウンター・カルチャーショックの体験談 その2

カウンター・カルチャーショックのお話の続きです。

以前の話はこちら:

「カルチャーショック」というのは、住み慣れた国(通常は母国)を離れて別の国に行った時、そこでの新しい環境や文化にうまく適応できずに起こるもの...

さて2.5年ほどいたイギリスから日本に帰国して、ある日スターバックスに行った時のこと。

ドリンクの注文時、女性の店員さんが外の天気のことを笑顔で聞いてきました。

「外の天気はいかがですか?」という類のもので、私は「晴れてますよ。でもまだ寒いですね」と返しました。

その方は「あ、そうですか」と笑顔で言ってきて、それで話は終わったのですが、私としては非常に気持ちが悪く感じました。

というのは、彼女の顔から笑顔がすぐに消えて真顔に戻るのを見てしまったから。

話が発展することもなく、コミュニケーションが一方的に始められて、一方的に終了されること自体もあまり気持ちのいいものではありませんでしたが、何より彼女が「あ、そうですか」と言いながらレジに視線を移した瞬間、それまでの笑顔は一瞬で消え去りました。

そこで私が彼女から強烈に感じたのは、「義務でやっている」という雰囲気。

コミュニケーションを取るのも義務、笑顔でいるのも義務。

日本人の礼儀正しさや「お行儀のよさ」は、当の日本人の間でも素晴らしいものとしてよく自画自賛されていますが、私としては、接客業をしているスタッフであっても、本心を隠すことなく自分の気持ちに従って振舞っていいと思っています。

もしカフェの店員さんに何か不愉快なことがあって、その日は笑顔でいられないならば、それを無理に隠して、嘘の笑顔を顔に貼り付ける必要はありません。

「笑いたくないなら、無理して笑わなくていいよ」と言いたくなりました。

こういうのは敏感に感じ取れるものなので、逆に客を不快にします。

イギリスでは、もし店員さんの機嫌が悪ければ、それがかなり露骨に出たような接客をされたりしましたが、私としてその方が、このスターバックスの嘘で塗り固められた接客よりも、人間的なコミュニケーションだと感じました。

少なくとも非人間的な、冷たさの残る、演技に満ちた接客ではありません。

スターバックスの店員さんから感じたこのようなコミュニケーションにおける演技性は、日本のいたるところで目にしました。

「これが日本だ」といってしまえばそれまでなのですが、当時の私にはそこまで割り切れず、すべて不快な事柄に感じていました。

イギリスに行く前までの自分が、どのようにこんな場所で、疑問を抱くこともなく心穏やかに過ごせていたのか不思議に思いました(イギリスに行くまでの20数年間、私は日本を一歩も出たことがありませんでした)。

これと関係して、人間関係における距離も気になったことの一つで、例えばどんなに長い時間を一緒に過ごしていたとしても、距離の縮まった気が一向にしないこと。

これは言葉、特に敬語に依るところが多分にあるのではないかと思います。

敬語や丁寧な言葉遣いというのは、相手と自分との間に適度な距離を作って、その距離によって礼儀正しさや敬意を表すものですが、逆に言うと、敬語を使っている限りは、ずっと相手との間に距離があるということです。

これは、仲良くなりたくない人にはずっと敬語を使って、一定以上踏み込まれないように出来るという便利な一面もありますが、他方で、一回敬語を使い始めるとどこでその丁寧な言葉遣いを止めるのか、という問題も出てきます。

ある日突然敬語の使用を止めるというのも不自然だし、だからと言って敬語を使い続ければいつまでたっても距離は縮まらないし…という感覚は、少なからぬ人が感じたことがあると思います。

……

ここまで書いてきた事柄も、感じた違和感も、一回日本を離れて、外国に住んだからこそ気づいたこと。

日本にいたあの9ヶ月間に自分が行っていた最大の誤りは、自分の外側にある環境を拒絶し続けたことでした。

あの9ヶ月間、いつもロンドンに住んでいた日々のことを思い出していました。

ロンドンでは別に毎日が非常に充実していたわけでも、毎日何かとても嬉しいことがあったりしたわけでもなく、ただ「日常」という名の生活があっただけなのですが、振り返ってみると、それが何かかけがえなのない、輝かしいものに見えてくる。

特に、その時目の前にある現実が不快なものであればあるほど、記憶は輝いてきます。

実際には大したことではない、思い出すことなんてないと思われた些細なこと(例えば、学校に向かう時に毎日見ていた家並みとか)も、振り返ってみるとそのすべてが、かけがえのないものに思えてきました。

振り返ってみて初めて真価というものがわかるということなのか、それとも時とは砂糖のようなもので、過去を必要以上に甘ったるく飾るものなのか。

そのどちらであれ、当時の私はロンドン時代の記憶を思い出しては、目の前にある日本の現実を拒絶しており、今振り返ってみても、あの頃の生活の空疎さには驚きます。

打ち込む事柄もなく、ただ時間が過ぎ去るのを待っていました。

当時していた仕事も、特にプレッシャーもない非常に楽なものでしたので、幸か不幸か職場でも時間を浪費している感覚が抜けませんでした。

ただこういう風に、時間を意識的に浪費すること、「今」という時間を軽視することというのは、精神的に非常によくありません。

当時の私は「過去」に過剰に意識を向けて、目の前にある「今」を軽視していました。

さて、その「今」の時間の浪費の果てに当時の私は何を見ていたのかというと、日本を再び去ることでした。

そしてそのためには、何よりお金が必要なので働いていたのです。

漠然と、半年以上は日本にいる必要があることはわかっていましたので、その期間はお金を貯めることに集中して、時が来たら日本をまた去ろうと心に決めていました。

「お金さえあればまた外国に行ける」というのが、当時の私にとって唯一の心の支えでした。

ただ皮肉にもこういった、「未来」と「過去」に意識を集中させた逃避的な態度そのものが、目の前の「今」の軽視につながって、日々の生活を空虚化させ、自分の首を徐々に締めていくのでした。

特に自殺未遂をしただとか、事件を起こしたなんてことはなくて、傍目には特に何も起きたようには見えず、9ヶ月間平和に日本にいて、その後平和に日本を去ったように見えたと思いますが、精神的には非常に苦しい時期でした。

当時の自分にとってはあれが精一杯だったので、今振り返ってみても「しょうがなかったんだな」と思えますが、もしもうちょっと心に余裕が持てていたら、あの9ヶ月間という時間を少し有意義に過ごせたのかな、ともわずかながらに思います。

今回アムステルダムから日本に帰ってきて、そこまで周りの環境に不快感を覚えることなく生活できているのも、あの時の経験があったからだと思っています。

そういうことも時が経ったから気付けた。

時というのは、ほとほと不思議なものだと感じます。

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