無意味な人生を生きる者たち

6月に東海道線新幹線の車内で起きた殺人事件。

その事件の詳細を知ると、単なる「殺人事件」というよりかは「猟奇殺人」という方が適切だと感じられるような凄惨な事件。

その続報が先日の新聞に載っていた。

事件を起こすに至った犯人の真の動機はいまだ不明ながら、「自分の人生に価値がないので自殺をしたかった」云々と供述をしているとのこと。

それを読みながら違和感を覚えたのは、「自分には価値がない→自殺」という論理の運び方。

自殺をする人間というのは、自分に、もしくは自分の人生に高い価値があると確信しているからこそ、それが時の浸食作用によって侵され、醜悪なものに堕することに耐えきれず、自殺をするのではないのだろうか。

対して、自分の人生に価値を見い出せぬ者たちだけが、己の肉体と精神を「時」という白アリに蝕まれるまま侵食を許し、その衰え切った自分を他人の目に晒すことに露ほども恥じらいを感じず、怠惰のままに長生きをしてしまう…、というのが真実なのではないのだろうか。

この不条理を知らぬ、うら若き容疑者である小島の刑は、最高でも無期懲役だろう。

いずれ出獄するにしても、当分は監視された独房での、自殺できない人生が待っている。

「自分の人生に価値を見い出せず、長生きしてしまう」という人間の模範例を彼自身が示してしまうことになるとは、なんという皮肉であろうか。

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