生きるということ

生きるということ。

自殺とか自決とか、言い方はなんであれ、自分で自分の人生に終止符を打つことに対するネガティブな印象というのは拭がたいものらしい。

これは、キリスト圏であるヨーロッパではより強いと感ずる。

イスラム教でも自殺は認められていないので、中東諸国でも自殺に対するネガティブ・スティグマは一層強いのであろう。

しかし果たして、なぜなのだろうか。

なぜ、自分で自分の人生に終止符を打つ事が、そんなにネガティブなことなのであろうか。

なぜ、自殺はする人間は皆必ず、何らかのネガティブな動機により突き動かされたと思われるのであろうか。

なぜ、ポジティブな動機による自殺、というものを想定できないのであろうか。

「死ぬためのポジティブな理由を探す」という生き方は、目的と方法を取り違えた倒錯的な生き方だと思われるのは、なぜなのだろうか。

長生きしたり、自然死を待つ生き方の方が、自殺する人間の生き方よりもより高く評価され、より良い生き方とまで思われているのは、なぜなのだろうか。

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